2024年Rishikeshリトリート参加メンバーが、体験談と、未来の参加者へ向けたメッセージを寄せてくれました。インドの旅で感じたみずみずしい言葉の数々をぜひご覧下さい。
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これからの人生の大切なエッセンス
和歌山県 Hさん
インドへ行けてよかったです!!
義樹さんのリトリートで参加できたことにとても感謝しております。
インドへ行こうと気持ちが動いたのは突然でした。義樹さんのインスタライブがたまたま流れてきてインドの治安の事などを伝えてくれていた時、目の前にいた旦那さんがそれに対してリアクションしインドの状況への批判的な言い方をしたので、本当のところはどうなんだろう・・・と反発心的な気持ちと同時に興味も湧いたのも原動力になった気がします。
それ以後インドの魅力を伝えてくださる義樹さんの言葉に触れ、とっても気になりだしました。体験してみたいという想いが湧いてきて今の自分の気持ちを見過ごす事が出来なくなっていました。ですが、経済的状況の不安(リフォーム中)、旦那さんへ告げる事への不安などが浮びました。この不安理由を胸に行きたい気持ちを天秤にかけると行きたい気持ちが勝り参加する方向を選択しました。
決めてからの流れはとてもスムーズでした。申し込み、パスポート、ビザの手配その他細かな疑問点などは旅行会社の方がとても親切に答えてくださり安心でした。義樹さんへの信頼があったので、何かしらの不安材料を耳にすることもありましたがさほど心配することなく当日を迎えていた感じです。羽田で集合しはじめましての方々でしたが参加者さまのエネルギーが柔らかく感じられ気持ちの良い繋がりが徐々に生まれていました!
インドへ
デリー空港で義樹さんと現地ガイドさんと合流‼︎
歓迎のお花で編んだレイを頂き
ウキウキ気分でバスに乗り
車内か観える風景、車のクラクション
本当の処のお話しを聴くとなるほどなぁと親しみを抱き
憧れのリシケシへ
想えば遠いです、ですが参加者の皆さんと一緒だったから安心でした。義樹さんやガイドさんが安心感を与えてくれていたからリトリート中は終始楽しくリラックスしてその瞬間瞬間をあじわう事ができていました。
貴重な素晴らしい体験がたくさんあり過ぎました。個人では到達できない領域の数々です! 何度も何年もインドへ向かいインド文化の神髄に触れてこられた義樹さんだからこその言葉、シェアが輝やかしく美しく心に響きます。 ハードルが高いインドというガードを取り払って内を知る、内にある純粋さに触れいろんな気づきが起き、人生の大切なポイントになりました!
聖なる川、ガンガーマー(ガンジス川)
聖なる祈りが日々の暮らしに根づいている様子。尊く、清らで、ピュアな感覚をあじわう事ができました。エネルギッシュで軽やかな感覚も感じました。
古典音楽の素晴らしさは細胞が解かれ更に奥へ奥へと浸透して行く愛のエネルギーを感じました。
アーユルヴェーダのドクター、ハタヨガの先生の存在から安定した信頼感を感じる時間でした。尊いです。
体験は心身に深く刻まれこれからの人生の大切なエッセンスになると感じます!
眼を閉じると浮かんでくる様々な感覚がギフトです!
このリトリートに参加できて本当に本当に良かったです!
ありがとうございます! 全てに感謝致します。
心が丸裸になるような、でも懐かしいような
東京都 Tさん 男性
今回、夫婦でインドリシケシの旅に参加させていただきました。夫婦でヨガ講師を始めたばかりの僕たちですが、ヨガの発祥地であるインドに「いつか行けたらいいね」くらいには思っていましたが、そこまで強く「行きたい!」とリアルに考えていたわけでもありませんでした。
でも、義樹さんのインスタライブやトークをお聞きして、俄然行きたくなりました。
「インドには呼ばれた人しか行けない」とか「迷っているってことは行きたいってことだよ」といった言葉も後押しになったような気がします。なんだか呼ばれているような気がしたし、迷ってもいたからです。
それまで障害と感じていたことも現実的に動けば解決していきました。
受け持っているヨガクラスを他の方に代わっていただいたり、子供たち(小3と中2)を置いていくことについては妻のお母さんが来てくれることになったり、そして子供たちにも時間をかけて納得してもらったり。小3の娘は最後まではっきりOKとは言ってくれませんでしたが、「おみやげ買ってきてね」と言ってくれたことが彼女なりのぎりぎりのOKだったのかな。と。(結果、たった一週間ですが特に母親と離れたことが彼女を少し大人にしてくれたのではないかな、と感じています。)
無理を通して行く、というのは違うかもしれませんが、もし一歩か二歩、踏み出せば行けるのであれば、そうされることを強くお勧めします。
リトリート全体として、やはり実際に行って感じない限りはわからない感覚がたくさんあるのだな、と思わされました。
街角の匂い、
現地の人々の活気や優しさ。
(本当に今回出会ったインドの方々は優しい方ばかりでした!)
日本とは明らかに違うゆったりとした時間の流れや生活の中の価値観。
リシケシに着いてからの様々なアクティビティのどれもが素晴らしかったです。
今回はアーユルヴェーダの先生に問診をしていただいて、これからの生活習慣をどのように変えるとよいか、などのアドバイスをいただいたりアーユルヴェーダの施術を受けたりと、日本にいたらなかなか体験できなかったり部分的にしか経験できないであろうことを本場のやり方で受けることができたのはとても貴重で贅沢だったと思います。
義樹さんによるチャンティングや瞑想などのガイド、毎晩のシェアタイム、食事の際のお話など、どれをとっても惜しみなく、たっぷりとシェアしていただけたのも素晴らしい経験でした。日本でキールタンのクラスなどで時折話して下さる内容がさらに深く、そしてシャワーのように聞ける機会を持てただけでもインドに行った甲斐があった、と思います。
そのほか、義樹さんが尊敬するヨガの先生や、キールタンの先生からのレクチャーや、現地の方々がものすごい熱量で信仰されているシヴァのお寺やお祈りの場に行く機会にも恵まれ、また、僕の人生でやることはないと思っていたガンジス河での沐浴まで体験し、そのどれもが良い意味でカルチャーショック。素晴らしかったです。
今回は15名(女性13名、男性2名)が日本各地から参加されて結構な大所帯でしたが、お互いに助け合い、心を開きあい、分かち合うことができたかけがえのないチームになりました。このチームは今後も続いていくと確信しています。
参加される場合、気を付けた方が良いと思うこと。最終日前に体調を崩してしまったのですが、今考えるといろいろ要因がありました。
食事:
美味しいのでたくさん食べてしまう(僕はそうでした(笑))のですが、普段食べているものとは違うのでほどほどにした方が良いかと思います(笑)。とくに僕自身は普段小麦や乳製品を控えているのですが、もう少しチャパティやチャイを控えた方が良かった、と後になって思いました。
酔い止め:
リシケシでの車移動は山道を行くことが多いです。日本ではそんなに酔う方ではないので甘く見ていたのですが、ガッツリ酔いました。酔い止めを用意したり、前の座席にしてもらったり、自衛した方が良いと思います。あと、ドライバーさんには「Drive slowly」などとハッキリ伝えた方が良いです。
寒暖差:
朝日を見に行ったお寺がとても冷えたり、日中のガンジス河の河原がものすごく暑かったり、寒暖差が激しいです。簡単に温度調節できるような工夫が大切です。
睡眠:
ありがたいことにたくさんの経験ができるのですが、その分睡眠が短くなりがちです。バス移動などでしっかり眠る時間を作ったり、部屋に戻ったらできるだけ長く眠ることをお勧めします。
今回のリトリートのすべてが、ヨガやキールタンや、新たな人生の見方への糧になると感じています。心が丸裸になるような、でも懐かしいような、何度もそんな感覚になりました。多くの方にもインドを、リシケシを、経験していただきたいな、と思います。
KIRTAN、神様と出逢い直した感じ
千葉県 Sさん
・旅の前の期待と不安
アーユルヴェーダの診察を受けて、ゆっくりしたいという気持ちが強かったので、15人の参加者と聞いて、団体旅行になってしまうのではないか少し心配がありました。
・参加を決めた理由
インドを感じたくて参加した堀田義樹さんとSanjeev Bhandariさんとの対談で、今回のリトリートの趣旨をうかがい「アーユルヴェーダの施設でアーユルヴェーダを学びながら、ゆっくりしたい、その中でキルタンを学べるなんてとてもいい!」と突如、気持ちに火がつきました。
・実際のインド
6年ぶりくらいでしたが町の様子としてはなんだかこぎれいになった感じ。物乞いも少なくなったように感じました。以前より安心して過ごせる感じがありました。
・特に心に残っていること
1. Neeti先生(※ 堀田義樹の師の一人)の声を聴いたこと。こんなに歌声を聴いて心が震えたのは初めてでした。なんて優しく美しい声なんだろう。一人で歌っているのに、ハーモニーでした。義樹さんからはよく一人でうたっているのではない、すべてを調和するようにうたいなさいと、教えられていますが、まさにこういうことなんだと感じたし、義樹さんが感銘を受けた先生というのもすぐに理解できました。先生のまた師とお会いできたこと、学べたことはとてもスペシャルな体験で感謝しかありません。
2. 今回はGanga Arati(※ ガンジス河で毎日行われている祈りの儀式)を間近で拝見させていただきました。遠くからだとと何が行われているかよくわからなかったのが、儀式を拝見させていただいたこと、通訳さんがアシュラムのsatsangaで話されていたことを伝えてくださったこと。ニーラカンタ寺院でのシヴァを讃える熱狂的な参拝者の中に混じらせていただいたこと。クンジャプリの丘で日が昇ったとき、隣にいた現地ガイドさんが「Om Namah Shivaya」と静かに祈りを捧げていたこと。そんなシーンから神とともにあることがインド人の誇りであるということを間近で拝見させていただきました。だからキルタンで神を讃え続けるのだと。そして自分がキルタンをうたうとき、心が震えるということは、自分の中にも同じものがある。キルタン、神様と出逢い直した感じがしています。
3. アーユルヴェーダ
本格的な診察が受けられたこと。ドクターはとても丁寧に真摯に話を聞いてくださったし、質問に対応してくださいました。生活の提案をいただきましたが、リトリート終盤から体調を崩しはじめ、帰国後強制的に提案された食生活を送ることとなりました。チャレンジを続けた1か月後のアフターミーティング、とても楽しみです。トリートメント後のみんなから、人と人の間に存在する何か壁のようなものがなくなっていて、その人の愛おしさに引き寄せられました。それが本来の人の姿なのかもしれません。
4 出逢った仲間たち
参加者15人という大所帯でまとまるのかという当初の不安は、まったく感じませんでした。初めてお会いする人がほとんどでしたが、笑い声が絶えず、たくさん笑ったことも、浄化された要素だったと思います。
・おすすめしたいポイント
義樹さんが長年単身でインドにわたり、学んできたこと、作り上げてきた信頼関係で成立しているリトリートです。義樹さんが伝えることに心惹かれる方はぜひ参加をお勧めします。現地ガイドさんが義樹さんの想いをよく理解されていて、観光ガイド以上にインドの文化を伝えてくださったのではないかと思っています。義樹さんとインドとの関係性が表れていると思います。
・未来の参加者へメッセージ
初めてのインドは、自分も周囲も心配することが多いかもしれません。心配事が多い中参加するためには、自分の決断でしかありません。私も初めてのインドリトリートの参加の際はとてもとても悩みました。でもどうしても内側から沸き起こる想いを止めることができませんでした。その結果、とても素晴らしい体験になり、あの時の自分の決断が導いてくれたことだと思っています。
自分の心に正直に行動することが大切
新潟県 Rさん
インドリトリートへは今回で3回目の参加になります。
なぜ3回も行くのか、
インド🇮🇳によばれたのか、
正直なところわかりませんでした。
でも、よばれたような気がして、おもいきって参加して本当によかったとおもっています。
理由も目的もはっきりとは見当たらなかったけれど、なんとなく気になることを選択した時の体験の深さに、自分の心に正直に行動することが大切なのだとあらためておもいました。
インドは、私にとって、光と闇を色濃くみせてくれる国のような気がしています。
深く大きな愛、畏怖、たおやかさ、厳しさ、純粋な光、混沌、生と死、、、
見ないようにしていた心の蓋が次々にあけられ、たくさんの清めをへて、魂へと導かれていく、覚悟を求められる国におもいます。
至福を感じたかと思えば、胸が苦しくなるようなことが起こったり、でも魂は、深いところで受け入れているような気が、3回目でやっと感じられるようになりました。
これは私個人の体験ですが、どんな体験がきたとしても、それを包み込み、流してくれる大きな愛、それは誰に対しても与えられているのだとインド、リシケシュにいると感じます。
少しでも気になる方には、ご自身の心に、魂の声に耳を傾けてみてほしいとおもいます。
行くか行かないかは自分次第
青森県 Sivapriyaさん
旅の前の期待と不安:
ずっと行きたかった夢の場所だったので申込みはしたものの前日まで本当に行ける実感がなく、ドキドキワクワクもなくパッキングも前日直前バタバタと。大雪で前日最終便の飛行機がフライト出来ないかも…となった瞬間Rishikesh行けない…と絶望した時、あ…行くんだなと実感できた感じでした。
参加を決めた理由:
プログラムの内容が良すぎでした。
シヴァのマントラと、Sivapriyaのスピリチュアルネームいただいた時からシヴァ神のエネルギーを感じたくRishikeshへ行きたかった、それが今回マハシヴァラトリーの時であったこと、もしかしたらこれが一番の決めてだったかも…
その上アーユルヴェーダのドクターの診断を受けられる(シロダーラ体験できるかも…と)
義樹サンのキールタンに触れてみたい
ガンガー(ガンジス川)で沐浴ができる
実際のインド:
圧倒され大感激!となるのかと思っていましたが、当たり前ですがRishikeshに住んでいる方の日々の生活があり、違和感なくとても自然に、自分もそこに身を置かせて頂くという感覚で自然に過ごせました。インドの方は日本人ウエルカムで温かく優しかったです。
特に心に残っていること:
ガンガーマーで沐浴
立っている感覚まで流されのみ込まれるのではという大きな流れ、もぐると心を決めた瞬間、水も空気も温かく、私は守られている…その感覚が忘れられず、終わった後もスッキリ穏やかな心が感じられました。
オススメポイント:
義樹サンと過ごす時間。
内側にある熱く静かにある思いを沢山浴びる様に聞け、穏やかな声とともに自分の内にどんどん入ってくる。自分でもなんとなく感じている感覚を言葉で表現してくれ、これだ!という気づきがあったり…
Rishikeshに行きたいなと思ったことがある方は絶対、義樹サンと一緒がいい。見て、聞いて、肌て感じて…感じ方は人それぞれだと思うので。
メッセージ:
コロナでインド行きたい熱がすっかり落ち着いていた中、リトリートの内容みて、直感的に行きたい!と思いました。各職場にお休み頂けるか確認するとオールオッケー、友人も含め皆が、とうとうその時が来たんだねと背中を押してくれました。しかし条件は揃っているのに申込みするのに2週間は悩んだ…心は決まっいるはずなのに、夢が叶う=夢が叶う怖さ…次の目的意識が失われる、大きな気づきで何か手放さなければならないのではという思い…心が行けない行かない理由を探し始めたので、行きたいから迷うのだと、勇気を持って申込みしたという感じでした。聖地と言われますが、ただそこにある場所。行くか行かないかは自分次第。行って後悔なんてあるわけもなく、夢を叶え、更に次のステージが確実に見えます。
ヒントになるかどうかは、これからの私次第
東京都 Nさん
<最初に>
インドへの敬意と情熱を込めてこの旅を企画し、全行程を安心安全に導いて下さった、義樹先生、現地ガイドさん、旅行会社スカイエフワールドの皆様、現地でお世話になった通訳Jさんや先生方、多くの皆様、そして一緒に行ってくれたメンバーのみんなに心から感謝いたします。
<旅の前の期待と不安>
気ままにではありますがヨガを⾧年続けているということで、聖地リシュケシュはいつか行ってみたいところの一つでした。行くのならヨガを深める旅にしたいと思っていたところ、たまたま義樹先生のリトリートを目にして、気持ちが一気に高まりました。
とはいえ、会社員の身、しかも一念発起して転職した会社では思うような仕事に恵まれず余裕のない日々を過ごしており、同居する父の介護も始まりました。8日間も休暇を取って家を空けるということにはかなりの勇気と幸運が必要でした。
ですから、パスポートが募集期限に間に合わないとわかった時一旦は諦めてしまいました。これまでこういったリトリートへの参加は何度となく諦めてきたので、今回もまた同じ、行かなくても困らないし、面倒な段取りもいらなくなった、そんなふうに言い聞かせていつものようにやり過ごすところでした。
<参加を決めた理由>
ただ、これまでと違ったのは、この旅が義樹先生のリトリートであるということでした。義樹先生が人との出会いや想いを大切にする方であり、現地を訪ねてキールタンを深く学び誠実に実践されている様子を拝見していましたので、このリトリートが特別なものであるということに強い確信がありました。
また、自分も両親も年齢を重ね、心身の状態も生活環境も変わりつつある中、この日常をただ延⾧するような過ごし方には疑問を感じていました。私の傍らにいつもあるヨガ、その聖地リシュケシュなら、今後の人生を考える上で何かヒントを得られるのではないか、一度、この日常から離れてみたいという願望もありました。
後ろ髪を引かれる思いでいた時、義樹先生からパスポートは間に合うというご連絡を頂き、これは行くしかないと、この時はもう迷わずに、参加を決意しました。
インドは呼ばれないと行けないところだそうです。不思議なことに、行くと決めたとたん、行けない言い訳は行ける理由に変わっていきました。会社には連続の有休を取れる制度があり、仕事も慣れていないから逆に休みやすくもあったこと、父の状態は落ち着いており、母や妹、親戚が協力してくれること、素直にお願いしたらこんな状況が見えてきて、思いのほかスムーズに事が進みました。
こんなことを言ったら何て思われるだろう、迷惑をかけやしないか、文句を言われるのではないか、やりづらくなるだろうな・・・、頭の中で勝手に心配して先回りして自分の選択を狭めることがいつの間にか当たり前になっていました。何はともあれ、行く決断ができたこと、これはやっぱり、インドに呼ばれたと言っていいのではないかと思います。
<実際のインド>
インドの賑やかで活気のある様子はテレビや動画などで面白く見ていましたが、実際に見てみると、それは驚きの連続でした。
まず、デリーからリシュケシュに行くバスからの風景に、私の目はくぎ付けになりました。 道路は新しくできたばかりということで片側3車線くらいある広い道路でしたが、ほとんど信号がなく、車やバイクが車線に関係なく爆音のクラクションを鳴らしながらスレスレ で割って入ってきては突然入り乱れるということが何度も繰り返されました。その度にこちらはヒヤヒヤしましたが、不思議とぶつからずに合流して走り出すのです。
反対車線に目を向けても、人が半分はみ出しているような車やバス、オートリキシャ(屋根付き三輪バイク)、明らかに積載オーバーなトラック、バイクが次から次へとやってきては同じような 光景を繰り広げています。中には普通に逆走している道路もあり驚きました。インドの警察は一体何をしたら取り締まるのだろうか…。そんなことを考えていると、布や野菜を山盛りにした人や、白いひげを蓄えたおじいさんが、予想以上の猛スピードで颯爽と走り抜けていきます、なんと自転車で。人であふれかえったトラクターが通ったかと思えば、古い写真でしか見たことのないような牛車や馬車まで登場し、ここは何時代なのかと思わず二度見しては、もう何かのコントではないかと可笑しくなりました。
側道を見ると現代の建物とレンガやバラックのような建物が混在し、露店には昼間から大勢の人がいて、牛や犬は人と同じように歩いているし、ごみやフンが落ちている混みあった道路をみんなが思い思いに、堂々と横切ったりしますが、やはり、不思議と誰もぶつからず、滞りも当然として自然に解消します。これは一体どういうことか、この妙な調和はどこからくるのだろう・・・。
市街地を離れると一面にサトウキビ畑が広がり、レンガ工場があちこちに見えました。農作業をする人、路上でジュースを売る人、レンガを積む人、いろんな人々が働いていました が、緑の中で談笑するような様子や走り回る子供たちの姿も見えて、どこかのんびりゆったりとした空気が流れていました。
騒音も静けさも、新しさも古さも、美しさも醜さも、優しさも厳しさも、豊かさも貧しさも・・・、両極にある物事が同時に存在することが比較的ジャッジされずに許されていると いうか、そうするしかないというか、とにかく、何もかもをあるがままに飲み込み包摂してしまう現実が、今ここに確かに存在していることに驚くばかりでした。混沌とした秩序を目の当たりにして、インドの奥深さというか、人間や生命の底知れぬ力を感じたような気もし ました。
完璧とされる状態を目指して何から何まで整備されている日本とはあまりに対照的だと思いました。その恩恵は計り知れませんが、日本の秩序、快適さは、その反対のものを許さないという何か絶対的な厳しさの裏返しでもあると思いました。どうりで息苦しくなるわけだ・・・。
<特に心に残っていること>
(ガンジス河の水の感触)
沐浴に行った時のガンジス河の水の感触、これは私の想像と全く違いました。この日は風が強くて朝起きた時点でホテルの窓からゴォーという音が聞こえており、暗闇の外に出たとたん冷たい風に吹きつけてられて、すっかり弱気になってしまいました。向かう道でもずっと強風にさらされてとても寒かったです。水はさぞかし冷たいだろう、入ったら風邪をひくから足だけにしておくのが賢明だなどと考えていました。
ガンジス河につくと、義樹先生をはじめ多くのメンバーはさっさと上着を脱いで躊躇なく河の真ん中をめがけて歩いていきます。私はそれを横目に、そっと右足だけ浸けてみました。日本の山から流れてくる水は夏でも頭の先まで響くような冷たさです。ヒマラヤ山脈から流れてくるのだし冷たいに決まっている、そう想像していたのですが、なんと、冷 たくない。むしろ温かみがあり、柔らかくまろやかで優しくまとわりつくような感触、な んとも不思議でした。
それで入ろうと決意しましたが、今度は出た後の寒さが頭をよぎり、結局、河の奥へは行かず膝くらいの深さの所で跪いて、お祈りを捧げました。ちょっと中途半端な沐浴だったかもしれませんが、ちゃんと心は込めました。そのせいでしょうか、出た後はなぜか風にふかれてもほとんど寒さを感じませんでした。思い切って身を任せてもよかったかな、 とちょっぴり思いました。インドの人々がガンジス河をガンガーマーといって大切にしている理由を、ほんの少しですが教えてもらえたのかもしれません。母なる河ガンジス、日本からきた私を温かく受け入れて下さりありがとうございました。
(楽しかったヨガ)
インドの聖地で本場のヨガをしてみたいという夢が叶い、Rajendra 先生にヨガを教えてもらっている時、とても楽しい気持ちになって笑みがこぼれる自分がいました。運動のためにと始めたヨガでしたが、飽きっぽい私が細々とでも続けられているのは、ヨガのこういう瞬間を感じているからだと思いました。そして、それは、古から受け継がれているヨガを真摯に学び、実践し、その本質を理解して、心を込めて伝えて下さる先生方のおかげ だということを強く感じました。
私はヨガに不思議な魅力を感じながらも、それを深めることに対してはどこか抵抗感がありました。何か特定の教えや考え方に縛られたりするのは嫌だという気持ちと、好きだからこそ、中途半端に取り組むものではないという気持ちがどこかにあって、哲学などにもあまり興味が持てませんでした。
食事の席で、義樹先生に、インドの人々が心から信仰している神様や教えを、同じように信じているとはいえないのに、どういう気持ちでキールタンやヨガに向かえばいいのかお聞きました。
(メモなどなく正確な言葉ではないことをご容赦下さい)先生は、インドの人々は心から神を信じ讃えて一心に祈っている。それがはるか昔から今にまでそのままの姿で続いていており、このこと自体がとても尊く、その純粋な祈り、想い、熱意、それらに触れると心が震えるとおっしゃいました。そして、マントラは古くから伝えられている人々の祈りそのものであり、その言葉、音やリズムなど、個々に扱いが決まっていて、 それは忠実に実践することがとても大切。インドの方々がその教えを惜しみなく分かち合い、愛情を持って親切に教えて下さることに心から感謝しており、関わらせて頂いていることの責任を深く自覚している。教えに背くようなアレンジはしないし、頂いたレッスン資料ひとつとっても、すごく大切で床に置いたりできないとのことでした。
私なりの受け止めですが、これは信仰とかそういうレベルの話ではないと感じました。 心が、魂が震えるから、それがとても尊く大切なものだとわかるから。そしてそれを伝えて下さる方々の想い、優しさ、熱意に触れた時の喜び、温かさ、そういったことがすべてで、純粋に心に響いたことをその煌めきのままに従うのであれば、それは信仰という概念をも超えている。
私は、ヨガの楽しさや喜びを心のままに感じているのに、いろいろな理屈をつけて関わることに一定の線を引いていました。それでも、ここには自分に戻れる何かがあるから離れることはできなかったし、だからこそ、傷ついたり嫌いになったりしないように近づきすぎることもしなかったのだと思います。
その一方で、世の中で良いと言われることは比較的躊躇なく受け入れてきました。それなりに信じて一生懸命にやってきたけれど、どれもあまり報われず、時にどうしようもなく空虚な気持ちと息苦しさに囚われても、ここから外れることはもっと恐ろしく、いろいろな理由を並べて結局は留まるということを繰り返しています。これでいいのだ、そうしないと生きていけない。でも、生きるって何? ずっと消えない違和感、これは直観なのか想像なのか・・・、楽しいと感じたヨガのひととき、これは紛れもなく私にとって尊く大切なものです。信じて従えばいいのだ。今までより少し真剣にヨガを深めてみたいと思 っている私がいます。
<おすすめしたいポイント>
義樹先生の熱意と⾧年のインドでのご交流を通してしか実現しえない旅であり、関わるすべての方々が、私たちのために心を尽くして下さっていることを強く感じる旅でした。
義樹先生が敬愛する先生方からの本場の学び、献身的で正確な通訳、敬虔な信者の方々との聖地での祈り、ただいまと帰って提供される優しいカレー、超絶テクニック運転による安全な移動、挙げればきりがありません。これらは、みなさまが、貴重な教えや技術、⾧年のご経験を、喜びと共に惜しみなく与えて下さったおかげです。また、この姿に触れさせていただいたことこそが、本当の学びであったと思っています。
予定通りに行かないインドといいながら、義樹先生と現地ガイドRさんの機転の速さと段取り力によって、驚くほどの精度で予定が進行されました。日本語が堪能で博識なRさんからは、各地の詳しい説明のみならず、インドの宗教のことや、一般生活のこと、恋愛事情から政治、経済、社会問題に至るまで、様々なことをお聞きすることがで きました。シヴァのお祝いでいらっしゃっていたご家族までご紹介いただき、素敵な交流をさせていただきました。私たちがインドで最高の経験ができるようにと、いつも細やかに気を配り、安全に導いて下さっていること、旅の間中ずっと伝わってきました。
そして、なんといっても一緒に旅してくれたメンバーが最高でした。一人一人が自分のことのように仲間を気遣い、助けあい、喜びを分かち合った旅でした。困った人がいれば自分の持っているものをさっと差し出し、疲れも顧みずずっと寄り添って励ましたり、 配して声をかけたり、手を貸したり、経験をシェアしたり、場を和ませたり・・・。いつも誰かがそばにいてくれて、とても心強かったです。そのおかげで何もかも安心して取り組めたし、得られた経験はみんなの分だけ何倍にもなりました。心の底から笑ったのも本当に久しぶりでした。義樹先生をはじめ一緒に旅してくれたメンバーの方々には感謝しきれません。
「百聞は一見に如かず」とはよく言ったものです。頭で考えることと実際に起きること、感じることは違うということを、思えば、始まりからずっと気づかされた旅だったような気がします。行くと決めた時から、次から次へと未知の景色や出来事が目白押しで、 考える時間もありませんでした。結果として、日常の思考から放たれ、ただ感じるという瞑想のような時間を過ごせたのかもしれません。
これからの人生のヒントが見つかったかといえば、それは正直わかりません。でも、行かなければ、私は今もあの時の思考の中に閉じ込められていたということは言えると思います。自分の中にある純粋な気持ちに触れること、それは楽しかったり、面白かったり。 苦しいことばかりではないということを、インドは私を通して見せてくれました。ヒントになるかどうかは、これからの私次第ということでしょうか。
<未来の参加者へメッセージ>
インドは呼ばれないと行けないところ。でも、決めるのはあなたです。自分の心の声に素直に行動してみてください。きっと呼ばれますよ。そして、インドの自分に会ってきて下さい。
本来のエネルギーが大きく輝きだす
東京都 Hさん
・旅の前の期待と不安
今年から義樹さんのキールタン講座に通い始め、そのご縁でインドリトリートツアーがあると知り、最初は夫が行ってみようかなと言い出しました。
私は子供たちがいるので、待っているしかないと思っていましたが、旅行の内容をみたら、だんだん行きたくなり、子供たちにお祖母ちゃんと待っていてくれるか聞いたところ、小3の娘が大反対で諦めかけていました。でも、祖母が来てくれることが決まり、義樹さんが開催してくださったインスタライブやSanjeevさんとの対談などを見てすっかり行くつもりになっている私の気持ちを察してくれたのか、娘もいつしか「お土産買ってきてね」と言って夫婦でインドに行くことを許してくれました。
・参加を決めた理由
ヨガの聖地リシケシに滞在して、義樹さんが信頼されている先生方からキールタン、ヨガが学べること、滞在中の食事がサトヴィックフードであること、アーユルヴェーダのドクターによる問診、診断があること、ガンジス河沐浴、アシュラムでの祈り、毎日の瞑想、寺院見学など、旅行の内容が私にとって全てやりたいことだったので行きたいと思いました。
最終的に参加を決められたのは、義樹さんのインスタライブを見て「自分の直観を聞く」という言葉が響き、「本当は私も行きたい」という気持ちをくみ上げることができました。
・実際のインド
すごく良かったです!今度は子供も連れてまた是非いきたい。
接した方々がみんなとても親切で、温かく、神様、祈りを大切にしていて、まっすぐで、熱く、良い意味でアバウトでした。
道路に信号がなく、交通量の多い中、人や牛が横断したり、山道で追い越ししたり、事故がおきそうだけど、事故が起きているのを一度も見なかった。インド人が鳴らすクラクションには愛がこもっていると義樹さんが教えてくれましたが、お互いに気を付け合いながら交通ルールが成り立っていることに驚きました。これからのインドの変化を見ていきたいです。
・特に心に残っていること
リトリートに参加するのが初めてでした。自分の本質を取り戻す旅が義樹さんと行くインド、リシケシでよかったと実感しています。義樹さんの温かい言葉でつくられる安心できる場と、すぐそばに流れるガンジス河の大いなる力を感じずにはいられませんでした。
人前で自分の意見を言うことが苦手で、今回初めて出会った仲間たちとのシェアタイムはとても緊張しました。「みんなへのシェアは自分へのシェア」だと義樹さんに言われ、日々自分がどう感じたのかを問いかけ、振り返る時間を持つことの大切さを知りました。教えて頂いた瞑想の時間、自分日記などを続けて自分の直観、素直な気持ちをこれからも大切にしていきたいと思います。
・おすすめしたいポイント
義樹さんのキールタンの師匠の一人であるKeya先生のレッスンが受けられ、幸運にも予定に入っていなかったNeeti先生(義樹さんが日本でキールタンを広めるきっかけになった先生)の古典音楽ライブを聴くことができました。お二人にお会いできたことで、グルジーから受け継いで頂いたキールタンを大切に丁寧に伝えてくださっている義樹さんの思いが伝わってきました。
・未来の参加者へメッセージ
自分が置かれている環境に制約を感じて諦めてしまう方がいるかと思いますが、行くと決めて動き出すと、不思議と周りにもそれを後押ししてくれる変化が起こってくると私は感じました。普段自分のことが後回しになってしまう子育て中の方にこそ、自分と向き合うリトリートに参加してほしいと思いました。インドの人々の純粋な祈りのパワーを肌で感じると想像していた以上に自分の深いところに響き、染みわたり、自分が持っている本来のエネルギーが大きく輝きだすと思います。
穏やかで満たされた〝幸せ〟(至福)
岩手県 Mさん
・参加を決めた理由
ヨガのTTの先生から、インドでの経験のお話を聞いた時から、ずっと気になっていた国のひとつでした。
いつか…
と、そう思っていて、
昨年末から年始、私の友人がインド(彼女は南インド)に来ていると聞き、インドはどう? と、メッセージをやり取りしているうちにぐっとインドが近くなる感覚がありました。
そうして一月、今回のインドリトリートの募集、告知に出会います。
〝わ…きた!インド。〟
なんて、タイムリー。。
これは、なんか…
〝なんか、今な気がする。〟
と、感じると同時に
〝いやいやいや、突然すぎるでしょ!?
日常のいろいろ、どうする?〟
〝子どもは?家族は?バイトは?お金…〟
〝って、そういえばわたし、日本から出たことなかったし!〟
次から次へと湧いてくる心配ごと。
ん、でもまず、私が感じたハートの〝なんか…〟をちょっとでも叶えてあげるために、パンフレットを下さいとメールをしていました。
そうして、届いたパンフレットをもとに、家族の説得にかかりました。笑
案の定、強く反対されます。
何でまた急にインド!今じゃなきゃダメなの!!
まず第一に、Rくん(子ども)どうすんのよ!
大体のことは一人でできるとは言え、1週間以上も、学校のこと何も分からないからね!!
私も仕事あるし!!!
無理だね!絶対、無理無理!!
by母
ママっちだけずるい!!
ママっちいないとダメだから、行かないで!そうじゃなかったら僕が行く!!僕も連れてって!!
by息子
うん、まぁ、姉さんの気持ちは分かるが、、現実的に無理じゃね?
by相談に乗ってもらった、弟
数回、パンフレットと一緒にこの旅の内容は今回しか無い!と伝えても同じ答えの繰り返し。
コレで、私のもっとも苦手な父にまでこの話をしたら…
(でもいつも後に、重要な協力者になる。)
心が折れる。涙
…と、言うかもう募集定員になってるかもしれない。
まだ募集しているんだろうか?
そんな最中、また友人と話をすることがありました。
わたしの心折れそうな今の状況と
彼女の行動力の素晴らしさを伝えた時、
(自分のしたい!をきちんと行動する天才!)
「まゆみさん、まゆみさんも行けますよ、行けます!あれこれ考えずに、とりあえずゴールに置いておきましょ!絶対に叶いますから!」
と、メッセージをもらい、
叶っても叶わなくても、とりあえずパスポートを申請する!
と、決めて動き出します。
そんな最中、義樹さんインドリトリートのインスタライブがありました。そこでのメッセージが、母とRくん(息子)の気持ちを動かしたと感じています。
どの言葉が響いたのだろう。
そのインスタライブの翌朝、
おはようよりも先に
〝ままっち、行きたいんだろ!インド!行って来いよ!!その間、送り迎え、じぃじ。〟
え?いいの??
〝お土産、おまもりがいい!ままっち行ってきたら次はオレだからね!!〟
朝から、嬉しくて涙がでる。
よしっ!!
そこから、一気に流れが変わりだしたのを感じました。
まだ、正式に応募していないけど、準備をどんどん進める。
バイト先にも休暇の申請を出して。
レッスンのお休みの告知を準備して。
学校にも伝えて。
キャリーケースを準備して。
新車購入に使って!と、とっておいた貯金をちょっと崩そう!
それを察した母、
〝何が、どのくらい必要なの??〟
え、いいの?協力してくれるの!
こうして、そこから先は驚く(こわい)ほどスムーズに(父はちょっと置き去りになりつつ)準備が整っていったように感じています。
(ここからもいろいろありました。笑)
・実際のインド
大きくてとても優しくて、懐かしい感じがして、キラキラしてみえました。みんな、どこかゆったりと余裕があって。例えば、ゴミも植物動物たちも、そこに生きるどのような人もインドの一部になっていて分断されて(隠されて)いない。陰と陽、生と死などの境目がなんだか、自然に流れるように繋がっているような。それから瞳が綺麗な方が多くて、目でコミュニケーションをとれるような。(分かりやすい)
心の距離が近いように感じました。
今思い返すと、インドでスマホをいじっているインドの人、殆どいなかった!
・特に心に残っていること
どの瞬間も素晴らしかった!
書ききれません!
ガンジス河の包み込まれるような優しく澄んだエネルギーに感動して。
アルティでは祈りの中に浸かっているような感覚が心地よくて。
クンジャプリ寺院の朝日が美しくて。
バシスタの洞窟では、中に入ると突然涙が止まらなくなりました。
(生きてここにこれてよかったと感動していました。なんかそんな感覚。)
以前から時々、義樹さんのお話の中に登場する、先生方やインドに出会えたこと。
わたしはずっと
具合が悪くても、喜んでいて
泣いていても、喜んでいました。
リトリート中みんなで一緒に行動をしていても、ひとりひとり、それぞれが自分だけの必要で大切な体験をしていて、物語の流れの中にあるような。
ちょっと不思議な感じもしました。
(上手く言葉が出てきません🙏)
・おすすめしたいポイント
最初から最後まで〝落ち着きと安心感〟がある。こんなツアーというのは、国内にだってなかなか無いと思います! だってわたし、初海外、初インド、英語もろくに話せないのに、現地の方との交流も不安なく、楽しい時も具合悪くなったりしても、義樹さんはじめみんなに甘え、わたしがわたしのまま、のびのびと過ごしましたから。笑
(次にまた行く時には、こうしよう!こう過ごしたい!など考えていたりするほどに。笑)
本当にありがとうございました。
その安心と信頼の中で、リトリート(自分を思い出す時間)を過ごすことができました。このご縁に心から感謝です。
そうして、集まった仲間たちとのご縁は旅を終えても続いゆく、気がつくと大切な家族?親戚みたいに育っていることがまた嬉しく感じています。
・未来の参加者へメッセージ
わたしのように、〝いつか〟インドへ行ってみたいと興味を持たれている方、感覚では、行きたい! でも、実際の日常を見渡して、断念してしまっている方、いらっしゃると思います。
その〝いつか〟は〝いつ〟なんだろう?
インドに限らず私自身、自分へ時々問いかける時があります。叶うか、叶わないかはひとまず置いておいて、行きたい!叶えたい!と、その瞬間思った、思っていること、そのご自身のお気持ちをまず、何よりも大切にして欲しいと思います。そして〝いつか〟を今、ちょっとだけ動いてみて欲しいです。パスポートを取りにいってみたり、旅の準備(シュミレーション、イメージ)をしてみたり、身近な人に話てみたり、、
この、〝話す〟って実はとても大切なように感じます。
自分の声で、叶えたいことを伝える。
いちばんシンプル、だけど難しかったりします。
でもそれをしてあげると、自分の内側(魂?深い部分)が満たされてゆくのを感じられます。自分で自分のためにちゃんと動いた、ということが、自己信頼、自己愛に繋がることを実感しています。
今、旅を終えて日常に戻りながら、前よりもっと自分と仲良しになっている感覚があり、それはとても落ち着いていて、穏やかで満たされた〝幸せ〟(至福)の気持ちです。
自分の願いを叶えてあげられるのは、自分しかいません。インドに行ってみたい!と感じるなら、実際に連れて行ってあげて欲しいなと思います。ぜひ、肌身で触れて出会って欲しいです!自分だけのインドに。その経験は、絶対に宝物になります!
最後に、義樹さん、現地ガイドRさん、スタッフの皆さま、無理なく安心して過ごせるように、そしてみんなにとって素晴らしい思い出となるように、一人ひとりと全体のために準備を整え、いつも考えて動いて下さり、心から感謝いたします。
ありがとうございました。
ナマステ🙏
インドの奥深さは、はてしない
兵庫県 Sさん
まさか2年連続でこの地に来るとは思わなかった。
初めてのインド旅から帰国した時、よく聞かれた問いが「よくインドにはまる人がいるって言うけど、ハマった?」だった。
機会があればまた行きたいなとは思うけれど、時間とお金があるならば、他にも行きたい国はたくさんある。
それにインドに毎年のように行かれている義樹さんや、他のインド通の方々にくらべたら、ハマったなんて言うのもおこがましい。
「ハマった?ハマってない?うーん、よくわかんない」とごまかしていた。
それは本音でもあった。
初めてのインド(前年)は、最初から最後まで緊張しっぱなしだった。
シヴァ神の祭日、マハーシヴァラートリーの直前だったこともあるせいか、街も人も、エネルギーが強すぎて、ただただ圧倒されっぱなしだった。
そんな私がどうしてまたインド再訪を決めたのか?
いくつかの要因があるが、Rishikeshが「祈り」の町であるということは大きい。
私は父から小さなものづくりの会社を継いで12年になる。その中でも、コロナ禍の数年間は、これまでの実績も予測もまったくあてにならなかった。
コロナだけでは無い。
半導体不足、戦争、超円安も輸入をしている会社にとって大きな痛手であった。
色々なことが、ビジネスの世界でも大きく変化し、常にどう対応するか、どちらの方向へ舵をきるかの決断をせまられていた。
その度にできる限りの情報収集をし、根拠のない直感を頼りに決断してきた。
社長である私は、失敗しても、誰のせいにも、何のせいにもできない。
私が不安な顔をすると、社員まで不安になる。
だから、私はいつも笑顔で堂々とふるまっていた。
私の本心とは関係なく。
そんな状態の中で、この数年間を乗り越えてこれたのは、祈りの歌があったからだ。
2014年、父の死の悲しみを癒してくれたのがゴスペルだった。
その後、社長役をうまく演じられない私は心身の調子を崩し、半年間引きこもっていた。
家族経営の会社であったので、引きこもった家の中も、常に内紛状態であった。
同居している役員である実の母は、時々怒りで金切り声をあげ、同じく役員のだんなさんも、激しく荒れる日々が続いていた。
離婚の話も何度も出た。険悪な状態の家の中で一緒に生活している子供2人に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
2017年、引きこもり中に、義樹さんと出会い、キールタンとも出会った。
「Lokah Samastah Sukhino Bhavantu」
その優しいエネルギーに、涙があふれてとまらなかった。
ゴスペルとキールタン。
国も言葉もまったく違うが、コール&レスポンスや神様に捧げる歌という部分では共通しており、私にとって両方が大切で必要な祈りの歌となった。
日常の中で、不安がおしよせそうになったとき、誰のせいにもできない行き場のない怒りにも似た感情がおこりそうになった時、私は祈りの歌を歌った。
2024年のインドリトリートの募集が始まり、私はソワソワしだした。
一年前に体験した、Rishikeshの祈りの中に、ポチャンとつかりたくなったのだ。
もしかしたら、2度目はもう少し落ち着いて客観的にインドと言う国を理解し、感じることができるんじゃないか、そんな興味もあった。
そして今回は、アーユルヴェーダの診察も受けることができる。
その頃の私は、まるで毒素がたまっているかのように全身のむくみがひどく、常に疲労感でいっぱいだったので、少しでも楽になれるかもという期待感があった。
締め切りの前日、私は京都で義樹さんのプライベートレッスンを受けた。
義樹さんは私に「インドで待っていますよ」と言ってくださった。
ちょうど同じタイミングで、義樹さんが間もなく入院治療をされることを知った。
私の父は、何度も大病をして入院治療を繰り返してきたので、正直動揺した。
義樹さんは「心配より信頼を」と言っておられたし、前向きな心構えでおられたので、私も「無事を祈っています」とだけお伝えした。
でも、父の経過を何度も目の当たりにしてきた私は、父のような命に関わるような治療では無いにしても、義樹さんが思っておられるよりも、入院中、退院後のダメージは大きいかもしれないと、内心思っていた。
いつだったか義樹さんが、もし自分の大切な人や仲間が助けを必要としている時、自分は全力で助けに行く、私に何かあっても助けてくれると言うようなことを言ってくださったことがあった。
とても嬉しかった。
そう言ってくれる人がいるというだけで、私はありがたく、安心できた。
だから、だから、今回のインドリトリートは、私が義樹さんをサポートしないといけないんじゃないか?そんな思いが強くわいてきた。
会社や家族には何も言っていないけれど、スケジュール的には何とかなりそうだし、と言うことで、締め切り日に思い切って申し込みをした。
2度目のインドは、私が思っていたよりも、ずっとずっと、優しかった。
初めはビックリしたクラクションの音も、マハーシヴァラートリー(今回当日と重なった)をお祝いする大きな音々も、すごいスピードで追い越し追い越されながら駆け抜けていく車やリキシャに乗っても、「マネー、マネー」と声をかけてくる物乞いの人々にも、人間が後をついてくるかのように思えた野良犬にも、あらゆるものに怖さを感じなかった。
そう言えば、ガンガーの沐浴も、昨年は緊張と寒さで心臓がバクバクして一度しかもぐることができなかったけれど、今年は三度もぐることができた。
不思議だった。
一年の間に、インドが変わった?
私が変わった?
お互いが変わった?
きっとインドは何も変わっておらず、私の心の持ち方が変わったんだろうな。
それにしても、今回初めてのインド旅になる参加者の皆さんの順応性や対応力が素晴らしく、ビックリした。
たくましささえ感じた。
今回旅の後半にお腹をこわし、熱と顔がゆがむくらいの腹痛でダウンしてしまった。
参加者の皆さんが心配して優しい声がけをしてくださったり、義樹さんが手作りのお味噌と梅干し、元気が出るというマグネシウム入りのお水を持ってきてくださった。
2度目の参加ということで、初めての方のサポートができればという思いや、義樹さんに何かあった時は助けないとと思って来たインドだったのに、反対に私が皆さんや義樹さんから助けていただいてばかりだった。
今回のリトリート中、何度涙を流したことだろうか。
参加者の皆さんも、何度も涙を流しておられた。
シェアタイムの時もだし、楽しく皆でランチをしている時ですら、話の流れでお互い涙してしまったりする。
優しい涙である。
祈りの町、Rishikeshにいると、心が解放されて、優しさがしみる。
純粋な自分のみなもととつながり、日本にいる家族や友達や職場の仲間の優しさにも感謝の想いがわきおこり、素直に泣けてくる。
素敵な旅だったな。
これは私が2度インドを訪れ、自分の生きて来たこれまでの人生とあわさって感じた想いである。
私がこれだけ長々と説明をしたとしても、インドを知るには、これを読んでくださっている、あなた自身が、インドに自分の足で行き、感じるしかないと思う。
インドが第二の故郷のような義樹さんや日本人以上に日本人的な現地の通訳の方がデリー空港に送迎してくださるし、移動も専用のバスで、安全に過ごすことができることは本当にありがたい。
守られている。
宿泊先もクオリティが高く居心地が良い。
お水など衛生状況も、普通に気をつけていれば、必要以上に過敏になることは無いなと一回目の旅の途中で感じた。
日本食がまったく恋しくないくらい、毎日のお食事やチャイも美味しい。
衣服やストールやガネーシャなどの神様グッズ、オーガニック食品やスキンケア商品のお買い物などもできて、物欲も満たされるし、寺院や歴史的な建物なども素晴らしい。
他にもお店で働いているおじさん達がみないい人ばかりで、可愛いかったな〜など、いくらでも思い出すことがある。
でも、具体的な思い出だけでなく、空気の肌感や匂いや音など、うまく説明できないが、自分が来て五感でインドを感じるしかないんだろうなと思う。
お医者様の処方のもと、アーユルヴェーダのトリートメントを3日連続で受けたが、いつかそれだけを受けるために来たいなとも思ったし、キールタンももっと深めたいし、今回私は参加できなかったヨガも習ってみたいし、インドの奥深さは、はてしない。
今年インド旅を終えて思うこと。
もしかして、私インドにハマってる?(笑)
今のところ、また来年訪れるかどうかはわからない。
でも一回目を終えた時にもそう思っていたので、来年どうなるかは、本当にわからない。
南インドも訪れてみたい気持ちはある。
アーユルヴェーダの個別面談もとても良かったし、書ききれないくらい濃厚な旅であった。
そして日本に帰国した時に、これまで当たり前に感じていたトイレの美しさ、水道水の綺麗さ、お料理のバラエティ、街並みの風景一つ見ても、日本は素晴らしい国だと思えることは、幸せなことである。
それは、インドに来て、日本との違いを感じたからこそ。
この日本にいると、当たり前すぎて、幸せを感じることもないのかもしれない。
今日、世界幸福度ランキングで、日本は51位というニュースを見た。
30歳未満においては、73位だそう。
幸せって何だろう?
みんなが幸せを感じることができる世界であるために、私にできる事を考え、行動していきたいと思う。
”保証を求めず感覚的に決めてやる”経験
東京都 Sさん
義樹さん
今年もインドリトリートを企画してくださり、始まる前からずっと丁寧なインフォメーションやフォローをありがとうございました。現地では参加した全員に最善の体験を・・・と、肉体を上回る精神性の姿、背中を見せてくださりありがとうございました。そして、現地でつききりで私たちをお世話してくださったガイドRさん、全体にも一人一人にも真摯にコミットして通訳してくださったJさん、義樹さんの師の方々や繋がる方々、そしてこの旅を彩っていた温かい参加者のみんなに心から感謝です!
インドでの7泊8日はめくるめく日々でした。だんだんスケジュールもパンパンになり(笑)、疲労と濃密さがあいまり夢みたい、胸いっぱいでした。思えば毎日、日本にいたままでの生活では信じられなかった貴重な、または奇跡的に思えるほどの初体験の連続、初インドでした。
参加者のみんなとは親しみを持って互いの心や想いに触れあっていき、疲れがあっても食事や移動中におしゃべりし、隙をみてショッピングもと、楽しく満たされました。帰りたくなかった(笑)。あと3日は、ヨガをしたり何もせずこのメンバーで過ごしたかったです。
飛行機が着陸体制に入るとぎゅっとなり(涙目)、離れがたく。
日本寒っ!と必死に帰宅しましたが、
インドでの日々が本当なら、急に一人帰路に着くのも、家に一人いるのも変な夢のようでした。
素晴らしい旅とセットで、帰宅直後からインドの洗礼も盛大に始まり、こちらも想像以上でした(2ー3キロ痩せた・・・)。
ですが、帰路デリー空港までのバスの中から
2-3日浸かっていた余韻は、
春の陽気を凝縮したようなムンムンするほどのもの。
ぬくぬくとしたいいお湯の中にいるようでした。
インドでは毎朝起きるとあの風景で(芝生、山や大きな樹、少し先の眼下にガンジス河)、Rishikeshの風は、ガンガーマー(ガンジス河)は、優しく気持ちよかった。当初の予定から様々に調整・変更されたけれど、最善のストーリーのようになっていて、思い出は懐かしく眩しくて愛しいです!
余韻ムンムンのうちに思い出をアップしたり、このメールに繋げたかったけれど、どうにもならず1週間近く休み、十分に余韻やその変化を味わいました。
そんな中、やらなきゃいけないことに手をつける時は切なかったですが、
頭、目もすっきりしていてシロダーラ(アーユルヴェーダトリートメント)効果を感じました。
何よりこんなに体調ヘロヘロでも心は無傷で気分よいのは初めてです。
そして余韻のあと、残っていたのは明るく軽く、すっきりとしている私。
目はぱっちり、肌も調子よく、顔筋キュッとなって若返った?!と、何度も鏡を見てしまいました(笑)
最後のシェアリングの時はまだ何も言葉になりませんでしたが、
旅の仕上げは、あとは自分・・・と思いました。
少し元気になり、いつものヨガの道を歩きに行くと、
なんて素敵な景色のところを通っていたんだろうと、
目に映るものが前より鮮明で美しくなりました。
この旅は心の、大きな大きなリトリートでした。
この旅に至るまで、私も色々ありました。
7年前に授かった子どもを失い、
それはとてつもなくショックでグレーなことでした。
天と地がひっくり返ったようで、地続きだった人生も変ってしまったと思いました。
この感情なんていえば‥、どんなに言葉を探してもフィットするものはなく(未だに)、
このことをどう捉えれば・・・と、あらゆる負の感情や重い十字架を背負って押しつぶされていました。
その後、不妊治療をしても子どもは授からない等、袋小路にいて追い詰められていました。
色々あって、知るべきことや知るとよいことを知っていったり、
不安の中で手放せるものから手放したり、
自分のことや人生を見つめ直すようになっていくけれど時間もかかっています。
まずは身体をどうにかしなければと、
アーユルヴェーダに行くと少し心に灯がともり、
ヨガにも繋がって自分も巡り、現実も少しずつ動いていきました。
去年、友人の病気・手術のことを偶然知り、
その子も私も“あとはない"、この先どうするかだと思いました。
そして、アーユルヴェーダやヨガの知恵や教え、効果などを光の方に感じながら、
過去の苦しみ悲しみから解放されたいと思いました。
それがこの旅に繋がる、原動力だったんだなと思います。
(その頃はまだこの旅のことも知らず、どうしていいかわからなかった)
とはいえ、仕事のこと、家族のこと、色々どうしようだらけです。
そこから一旦、やり残していることを片付けるような時間になりました。
不妊治療中はわからなかった、後から気づくこと、
7年前からこの時までちゃんと味わいつくせてなかった感情も顕れ、
悔やんでも悔やみきず辛かったです。が、
困りごとへの救い・道筋もみえてきて、
この先の展開へと意識が向き、
進むものは少し進んでいたと思います。
断捨離もして、空いたスペースに入ってくるものを待ちながら、
インドが気になりつつ他のプランについて悩みだし、
今年に入ると一気に色々なプランが次々届き(!)、
急に本気でどれかに行くことを考えざる得なくなりました。
一番煮詰まって他は諦めていた時、このツアーを見つけました。
参加の決め手は説明会のzoomを見て、
考える間もなく涙が溢れ、これはサインだと思ったから。
他のサインとも答え合わせのようで、シンクロか共感もあって、
ガンジス河に呼ばれてる・・・と思いました。
特に直近のことは一つ一つが、
関わる人達がもたらしてくれるヒント、
流れや手助け、導きになっていて、
この7年の年月もここに繋がっているのかと、また泣きました。
でも、行程表の文字だけ見ても、本当にこれに行くの・・・?と、
流れやサインだけ信じて決めるのは不安でした。
わかった答えを確認したり不安さも確認して、申し込むならこの日と記し、
2回目のzoomでアットホームな感じにほっとしてどうにか申し込みました。
過去のこともあり、シェアリング大丈夫か少し気がかりでしたが、
この場では何言っても思ってもいい、という場を作って下さり、
予想外の笑いもあり結構杞憂でよかったです(笑)
デリー空港から250㎞~。Rishikeshに着くと、
ガンジス河でアルティ(お祈りの儀式)に参加することから始まりました。
(今思うといきなり濃い・・・)
ガンジス河の水面の輝きと、日没とともに進む儀式のなか、
その中に混ざり儀式の波動をくらくらしながら浴びました。
その時はまだ、ガンジス河への感慨までは湧いてなく、この旅の目的を探っていました。
翌日からアーユルヴェーダが始まり、
Dr.の真摯な感じから、抱えていた感情もつい、わっと出て。
日本で最初に受けた時もそうだった、
アーユルヴェーダの力かもしれないと思ったり、
今回の旅での印象的なメッセージも伝えられました。
(人生は覚悟を決めてやるもの、等。
義樹さんからのメッセージと同じで、繋がり、肉付けされました。)
これが来た理由かも・・・と思いつつ
アヴィヤンガと初めてのシロダーラで何度も意識が飛んで、
色々抜けて、内心恥ずかしいけれど、
遠くにどこかのキールタンの音色や声も聴きながらまた皆の元へ戻っていきました。
旅のプログラムはどれも、日本にいたままの生活では信じられないものでした。
ニーラカンタ寺院やバシスタ渓谷で現地の人々の熱に混ざりシヴァ神へ祈りを捧げる体験も、
強風(極寒)の中、必死にガンガーマーに入った沐浴も(かなりへっぴり腰)、
ヨガやアーユルヴェーダ、キールタンを本場で本物の方より受け取る体験も。
義樹さんも急遽の耐久講座で惜しみなく与え続けてくれました。
初インドで、これだけのことを体験し続けて仲間に恵まれて。
おすすめは全部!と言いたいけれど
心のフィナーレは最後にみた朝日かと思います。
旅が進みRishikeshを発つ前日の朝、暗いうちに出かけた車中、
少し感傷的になっていました。
疲労のピークで300段の階段を登ると、
細く小さな三日月は燦然と綺麗で、
朝日を待つ間は”今ここにいる”時間でした。
そして見た朝日。
こんなにまんまるな太陽をじっと真正面から、遠くにヒマラヤ山脈を望みながら見るなんて・・・!と、
ハートに、全身にパワーを頂きました。
こんないい場所でまともに朝日を見たのは生まれて初めてです。
7年前は、いや、来るまで信じられなかったと思いました。
そんな現地でのめくるめく体験もさることながら、
みんなのおかげで”間”の時間もとっても楽しかったり心地よかった。
バシスタ渓谷でガンガーマーに委ねたのも気持ちよかったし、
毎日天気がよくて街歩き、ショッピングや船も楽しかった。
全ては守られた環境だったことも感謝です。
今回お世話になったアーユルヴェーダ医師やRajendra先生(ヨガ)、Keya先生(キールタン)達は、何千年と続くインドの叡智や知恵を受け継ぎ、伝え続けている方々で、私たちに本場で本物を見せて伝えてくださりました。
義樹さんに繋がる方々は優しく、
神聖さや純粋性を感じさせる存在の方々。
ミュージックアシュラムで堪能した古典音楽の奏者達やNeetiさんは、
ヒマラヤ山脈に歌う美しい鳥のようで、神業すら自然体。
人間のいきつくところ、美しく純粋な自然物のようになれるのかと思いました。
義樹さんプレゼンツのリトリートは
土地も、人も、見るもの体験も全部、繋がる方々もいいエネルギーなんだと思います。
インドが全部素晴らしいとは言えないし、
水やお湯やトイレのこと、物乞いの子どもや大人、街や現実も見るのですが、
とても準備され、対応もナビゲートも心づくし、愛でした。
(やっとお勧めポイント)
幸せな余韻から冷めて、明るく軽くなっていたら
解放されたいと思っていたこと、忘れてたと思いました。
幸せ~な余韻を味わってみて、今までちゃんと、
幸せって何か、考えたり味わったり、
幸せになっていいとか、なろうとか、
ありのままでいいとか、ちゃんと想っていただろうかと思いました。
そのままでいいよと言ってくれたこと、嬉しかった。
インドは呼ばれたと思ったら、なぜだかわからなくても行くべしですね!
参加を迷っていた方、気になっている方も是非、心の声とゆっくり対話したり、ご自身のことも、この旅のことも信じてほしいと思いました。
私はこの旅に参加することで
”保証を求めず感覚的に決めてやる”経験が一つできてよかったです。
まずは何かしていくその前に、
傷が癒えていることも必要と思っていたから叶ってよかった。
「いつかその経験も、それすら、与えられていたと思える日が来る、笑える日が来る」
と言われた時、本当にそんな日が来たら・・・と、涙ぐんだけどそうなっている気もします。
明るく軽くなって感じることも受け取ることもより上手になれたり、
差し出すことも少しずつ上手にできていけたらいいなと思います。
またもし行くときは、もっとガンガーマーへの想いを抱きちゃんと沐浴したいと思います(笑)
次のステップへ向けて、日々小さな事も、人生山あり谷ありですが
まずは全てのこと、そしてみんな、本当にありがとうございました!
積み重ねられた敬虔な祈り
東京都 Mさん
リトリートでは大変お世話になり、素晴らしい体験をありがとうございました。お天気にも恵まれ、ずっと祝福されていました。
参加のきっかけは「インド」「リトリート」で検索したら、義樹さんのリトリートがヒットし、集合写真に知り合いの山伏Yさんの笑顔を見つけたからです。すぐYさんに連絡して、感想を聞き、背中を押されて申し込んだ次第です。
マハーシヴァラートリに行くことができたことに感謝です。アルティ(お祈りの儀式)では偉大なるガンガーマー(ガンジス河)の前で、ドラマティックに陽が暮れて行くのを見ながら、連綿と受け継がれ、積み重ねられた敬虔な祈りの重さを感じました。
シヴァ寺院ニーラカンタでは、カオスの中、爆発するエネルギッシュな祈りに圧倒されました。
アーユルヴェーダのドクターに脈で診断してもらったら、封印していた喉の不具合を当てられ、びっくりしました。問診表には何も書かなかったのに。体の声を無視して、不具合を封印していた自分を反省しながら、魂が導いてくれたことに感謝しました。
初めて聴いたキールタンと古典音楽が懐かしい感じで、心地良くて癒されました。
ホテルのロケーションも良かったです。空き時間に1人でぶらぶら買い物もできました。
印象に残っている義樹さんの言葉
・円グラフ思考。
・間違えないよう(恐れ)にフォーカスすると、そこにエネルギーが行っちゃう。それでいいのか。
・辛い思い出に力を与えるな。
・自分の喜びのために使う時間を増やす。
義樹さん、現地ガイドのRさん、通訳のJさん、ドクター、キールタンの先生、コンサート出演者、ホテルのスタッフ、参加者の皆様、出会った方すべて愛あふれる誠実な方ばかりでした。
寒くて全身沐浴できなかったのが心残りなので、来年また参加したいです。
ありがとうございました。感謝を込めて。
純粋な言葉を寄せてくださったみなさん、ありがとうございました🙏